親の背中と「本当の自由」の話。あえて「関わらない」選択をする理由。
「親の背中」と「本当の自由」についてお話しします。
父親(親)の背中が、子どもを作ります。
親の何気ない言動、思考、行動、ふとした瞬間の仕草。
特に男の子は、父親が何かに全力で取り組んで集中する姿を、驚くほどよく見ています。
表面上だけ愛想よく取り繕っても、子どもには全て見透かされています。
正直に言えば、子供は所詮、子供です。
「モラル」や「倫理観」といった難しいことを、最初から理屈で完璧に理解できるわけではありません。
なんとなくしか感じ取れないのが普通です。(中には鋭く感じ取る子もいますが)
でも、だからこそ「親の背中」が全てなのです。
無意識の中で、親の生き様や姿勢を見続けることで、
子供の人生の大きな土台が決まっていきます。
理屈ではなく、「親がどう生きているか」がそのまま子供の基準になる。
だから、親自身が適当にごまかして生きていれば、
子供も無意識のうちに「適当でいいんだ」という要素を抱え込んでしまいます。
これは、指導者と選手(あるいは会員様)の関係でも全く同じです。
表面上は挨拶をして愛想よく振る舞っていても、一生懸命指導している時に、
ふとスマホ(携帯)の方に意識が向く瞬間。こちらにははっきりと見えています。
(本当に伸びる選手にとって、スマホはトレーニングの動画を撮るための道具や、
連絡ツールに過ぎません。暇つぶしの道具ではないのです。)
「このトレーニングを、1週間のうち何回やっておいてね」 そう伝えて、
次に会った瞬間にそれを「やってきたか、やっていないか」は、
動きを見ればすぐに分かります。ごまかしは利きません。
伸びるアスリートの「残酷な真実」
今まで数多くのアスリートを見てきましたが、
結局のところ、大きく伸びて上のステージへ行く子供たちは、
「指導が良かったから」ではありません。
本人の本質的な能力と、親御さんの教育の「1本の筋」がしっかり通っているからです。
今まで伸びていった子たちは、親の顔色をうかがうのではなく、
全力で指導者と向き合い、直接会話をします。
そして素晴らしい親御さんたちは、指導者と子供の「空間」や「時間」を絶対に邪魔しません。
口出しせずに見守ってくれます。ただ、本人が道から逸れそうになった時にだけ、
親として導く一言をビシッと伝えてくれます。
親御さん自身が、大切にしている「モラル」や「姿勢」を理解してくれている。
だから、子供もそれを無意識に感じ取る。 そういう環境があるからこそ、
全力を尽くして、彼らの能力を限界まで引き上げようとします。
正直に言えば、彼らはここに出会わなくても、
結局は伸びる素質を十分に持っている子供たちなのです。
相手の「世界観」を尊重し、あえて関わらない理由
TASHIRO CLUBでは、基本的につきっきりでの「パーソナルトレーニング」は極力やらないようにしています。
対話の中で、本当に求めている人、本気で自分を変えたいと望んでいる人にだけ、
手が空いているタイミングで指導に入る「無料の範囲」というスタンスを取っています。
だからこそ、明確に決めているルールがあります。
相手に「受け取る能力」や「受け取る姿勢」がなければ、完全にシャットダウンするということです。
例えば、ガムを噛みながら話を聞く。
会話の中でテレビを見る。
挨拶をしない。
そして、イヤホンをしたまま対話や指導を受けようとする。
言わせてもらえば、これらの行動は「私はあなたの指導を拒否しています」というサインです。
誤解しないでほしいのですが、一人でイヤホンをつけて、
自分の世界に入って集中してトレーニングをやっている方もいます。
これに関しては、全く問題ありません。 彼らを「見下して放置している」わけでは決してなく、
彼らの「世界観」や「集中している時間」を大事にしたいと思っているからです。
ただ、大切にしている「対話」をベースにした指導とはスタイルが異なります。
だから、あえてトレーナーとして技術の指導に割って入ったり、
説教したりすることはしません。
お互いのスタイルを尊重し、「見ない(関わらない)」と決めているだけです。
突然何か質問されても、相手が「1」の熱量で聞いてくれば、「1」で答えます。
でも、相手が本気で「10」の熱量でぶつかってくれば、「10以上」の力で全力で応えます。
それがスタンスです。
カリスマ性を捨て、「対話」を選ぶ
指導者として、言葉巧みに強く言い切り、カリスマ性を演出して、
相手をマインドコントロールさせることは簡単です。
でも、絶対にそれはしません。 大事にしているのは、
常に相手に「選択肢」を提示することです。
「こうしなさい」ではなく、「あなたはどう感じる?」「自分はどう思った?」と、
相手から答えを引き出す「対話」を最優先にしています。
自分の頭で考え、自分の体で感じなければ、本当の意味で人は変われないからです。
最近よく「子どもには子どもらしく、自由にさせてあげたい」と言う人がいますが、反対です。
子どもが自由に振る舞って何かを壊した時、それを修理するのは「別の誰か」です。
完璧な補償や責任が自分で取れるなら、それは「自由」と言っていいでしょう。
でも現実は違います。 「自由」というのは、誰かが時間や労力、お金を犠牲にして作ってくれた「ルールやモラルという枠の中」にだけ存在するものです。
「俺は自由に生きる」「私らしく生きる」と主張する人たちは、
見えないところで誰かが環境を整えてくれていることに気づいていません。
自分のことをしっかりとコントロールできるようになり、
自分の行動に対する「責任」と、他者を思いやる「モラル」を持てて、
初めて人は「自由」になれるのだと私は思います。
ジムでのトレーニングも、実は全く同じです。
TASHIRO CLUBは、元々「大人の世界」のジムとして作りました。
だからこそ、他者への想像力や最低限のモラルがない子供には、はっきりと入会をお断りする事もあります。
ここは、アスリートのパフォーマンスを上げたり、高齢者の機能改善をしたりする「だけ」の場所ではありません。
自分の体とごまかさずに向き合いながら、他者を思いやる「想像力」や、人としての「当たり前のモラル」を磨いていく場所です。
だからこれからも、本気で自分と向き合う人たちを、現場で全力でサポートしていきます。
TASHIRO CLUB 代表 田代


