タシロクラブジム新聞vol11〜
タシロクラブジム新聞vol11

タシロクラブジム新聞vol12

タシロクラブジム新聞vol13
2026.02.19
タシロクラブジム新聞vol11

タシロクラブジム新聞vol12

タシロクラブジム新聞vol13

2026.02.16
私には、捨てられないものがあります。 バッティングセンターのコイン、たったの1枚です。
今から約24年前の話です。
当時、祖父に会いに行く途中だった私は、ふとバッティングセンターに立ち寄りました。
「あと1ゲームやろう」と思ってコインを手にしましたが、その時、急激な眠気に襲われました。
結局、そのコインを使うこともなく、私は車の中で寝てしまったのです。
目が覚めると、もう夕方でした。 「今から行っても遅いな。
また今度でいいか」 私はそう判断し、その日は祖父の家には寄らず、そのまま帰ってしまいました。
それが最後でした。 あの日、「また今度」を選んだせいで、
私は二度と祖父に会うことができませんでした。
手元に残った、使わなかった1枚のコイン。
あの日、寄り道なんてせずに、すぐに会いに行っていれば……。
それからです。私が変わったのは。
「『あとで』なんて、二度と来ないかもしれない」
あの日が、一つのきっかけだったのかもしれません。
それ以来、「今やれることは、今やる」「何事も、全力でやる」という考えが、
私の中で当たり前のものになっていきました。
今でも、そのコインは私の車の中の、一番よく見える場所に置いてあります。
毎日、ジムや指導現場に向かう時、必ずそのコインが目に入ります。
ハンドルを握り、ふとそのコインを見ると、自然と自分自身を振り返ってしまうのです。
「今、やれることをやっているか?」 「今日も一日、全力でやれたか?」
誰に言われるわけでもなく、ふとそう思う。 それが、私の日常になっています。
そして、指導からの帰り道。 もし、少しでも妥協があったり、
全力を尽くせなかったと感じた時は、深く反省し、時には悔しい思いをすることもあります。
そうやって毎日、自分自身と向き合い、また次の現場へと向かうのです。
だからこそ、正直に言います。
「気持ちがない人」に対して、激しい温度差を感じてしまうことがあります。
私は、いつ終わるか分からない「今」という時間に、全力で向き合っています。
だから、目の前の相手が「なんとなく」で時間を過ごしていたり、全力を出し惜しみしているのを見ると、
どうしても心が離れてしまうのです。
私がストイックに見えるとしたら、それは私が特別な人間だからではありません。
あの日の一枚のコインがきっかけとなって、「今」を大切にする生き方が、
体に染み付いているだけなのかもしれません。
目の前の選手に、家族に、そして今日という一日に。 120%で向き合う。
それが、あの日祖父に会えなかった私が、今の私に課した、一生解けない約束なのです。

TASHIRO CLUB 田代
2026.01.23
嬉しい報告があります。
私がトレーニング指導に入らせてもらっている飯塚高校女子バレー部が、
県大会の初戦を見事に突破しました!
次は、今度の土曜日に行われる2回戦です。
この一勝の背景には、語り尽くせないドラマがあります。
私が指導に入ってからの約3年間、
悔しい思いをしながらも地道に努力を積み重ねてきたOG(卒業生)たちの「タスキ」が、
ようやく今の選手たちに繋がり、形となって現れました。
そして、このチームにとって「宝」とも言えるのが、
チームを率いる 濵田(旧姓 中西)千枝子監督(コートネーム:ピットさん)の存在です。
ピット監督は、かつて実業団のユニチカで活躍し、
高校時代(博多女子商)にはインターハイ優勝、
そして
オリンピック(バルセロナ・アトランタ)にも出場した伝説的なトップアスリートです。
ピットさんとお話しさせていただくと、
いつもその「思考の深さ」に圧倒されます。
それはやはり、司令塔である「セッター」出身ならではの視点です。
「常に先の状況を意識し、計算し、考えること」
「熱くなっているコートの中にいながら、常に『外からの目(客観的な視点)』を持ち続けること」
試合の流れだけでなく、選手の心の動きや、
チームの数ヶ月先の成長曲線までも「予見」し、「計算」して指導されているのが分かります。
だからこそ、バレーボールの技術だけでなく、
「道具の出し方」「靴の揃え方」「日常の些細な立ち振る舞い」 といった細部にも、
驚くほど敏感に反応されます。
「今のその行動が、試合の土壇場でどう出るか」
という先が見えているからこそ、妥協がないのです。
かつて「反骨心」を原動力に、
答えのない時代を自らの頭と体で切り拓いてきた名セッター。
その「自ら考え、答えを掴み取る」というDNAが、
今の選手たちに確実に浸透してきました。
以前選手たちは、なんとなくメニューをこなすだけだったかもしれません。
でも今は違います。 私が話をすると、彼女たちは本当に真剣な眼差しで聞いてくれます。
「ここはどうすればいいですか?」 「この動きであっていますか?」
疑問があればすぐに質問し、
私や監督と「対話」ができるようになりました。
ピットさんが求めてきた「主体性」が、選手たちの中に育っている証拠です。
新しい動きを知ると、納得するまで何度も何度も反復し、自分のものにしようと食らいついてくる。
「名将の計算」と「選手の努力」、そして「OGの想い」。 これらが完全に噛み合った今、
飯塚高校女子バレー部は間違いなく強くなります。
これだけやってきたんだ。 世界を知るセッターが描いた設計図の中で、これだけの準備をしてきたんだ。
だから、迷うことはありません。 自信を持って戦ってください。
今度の土曜日、君たちがその力を解放する瞬間を楽しみにしています。
頑張れ!心から応援しています。
TASHIRO CLUB 田代

2026.01.21
前回、祖母の骨折と、そこから学んだ「筋肉の大切さ」についてお話ししました。
今日は、それとは対照的な結果になった「私の父」の話をします。
私の父は、1947年生まれ79歳。 根っからのスポーツマンでした。
テニス、バドミントン、野球、卓球……あらゆるスポーツをこなし、
バレーボールやテニスの指導者も務めていました。
しかし、40代の頃、ある出来事がきっかけで膝を痛めてしまいます。
当時、小学生だった私が所属していたチームは、全国大会に出るほどの強豪でした。
その冬場の体力強化のための過酷なマラソン練習に、父も付き合って一緒に走ってくれたのです。
息子のために良かれと思っての行動でしたが、皮肉にもその時の無理が祟り、
父の膝は悲鳴を上げました。
それ以来、父は長年膝の痛みに苦しむことになります。
そして父が65歳になった時、ついに医師からこう告げられました。
「もう膝が限界です。人工関節の手術をするしかありません」
手術の日程まで決まっていました。
しかし、その連絡を受けた時、私は猛反対しました。
当時、私はちょうど膝関節の治療や、人工関節のメリット・デメリットについて深く勉強していた時期でした。
もちろん、手術が必要なケースがあることも理解しています。
それでも、私が「待った」をかけたのには理由がありました。
医師から
「人工関節にしたら、大好きなバイクにはもう乗れない」
と言われていたからです。
「手術は待ってくれ。一度、私が知っている福岡のスポーツ整形に行ってくれ」
親子というのは難しいもので、身内の言うことほど素直に聞けないものです。
それでも、私は必死に説得しました。 父からバイクという趣味を奪いたくなかった。
人生の楽しみを諦めてほしくなかったのです。
結果、セカンドオピニオンを受けた父への診断は、意外なものでした。
「ただの筋力不足です」
軟骨がすり減っていることよりも、関節を支える筋肉が落ちていることが痛みの主原因でした。
医師から渡されたのは、手書きのメモに書かれた、ごく簡単な2種類のトレーニングメニュー。
「これをしっかりやってください」
父はそれを信じて、地道に続けました。
その結果、どうなったか?
手術はキャンセル。
父は膝の痛みから解放され、
なんと71歳まで大好きなバイクに乗り続けることができました。
現在も人工関節を入れることなく、自分の足で歩き、週に2、3回はジムで汗を流しています。
「あの時、手術をしていたら、バイクも降りて一気に老け込んでいたかもしれないな」 父は今でもそう言います。
皆さんは、自転車に乗りますか?
普段は何気なく乗っていますが、いざパンクした時に初めて、そのありがたみや便利さを痛感するものです。
「乗れて当たり前」だと思っていたことが、実は当たり前ではなかったと気づく瞬間です。
人間の体も同じです。 自分の足で歩けること、趣味を楽しめること。
健康なうちはそれが「当たり前」だと思ってしまいますが、
怪我をしたり痛めたりして初めて、そのありがたみを感じ、後悔してしまいます。
でも、本当にいきなり壊れたのでしょうか?
自転車の空気が少しずつ抜けていくように、
実は日常の中で、少しずつ「空気(筋力)」が抜けていたのかもしれません。
それに気づかず、そのまま走り続けてしまっただけかもしれません。
だとしたら、やるべきことはシンプルです。
「空気が抜けていないか」に気づき、入れてあげること。
完全に走れなくなってから「もう古いから(歳だから)ダメだ」と諦める前に、
少し空気を足してあげるだけで、また以前と同じように風を切って走れるかもしれません。
私がなぜ、こうしてブログを書いたり、しつこいくらいに「予防」や「トレーニング」の大切さを伝えるのか。
それは、
他の方にも、私の祖母のような辛い思いをしてほしくないからです。
そして、
父のように「諦めなくてよかった」と笑ってほしいからです。
指導の現場に立っていると、目の前の会員様と、私の家族の背景が重なる瞬間が多々あります。
「あと少し情報があれば」「誰かに相談できていれば」
たったそれだけのことで、人生が大きく変わってしまうことがある。
その怖さと希望を、私は身をもって知っています。
父のように、諦めなければ守れる趣味や生活があります。
「当たり前」が失われる前に、気づいてケアをする。
それができる体力があるうちにやっておくことが、一番の近道です。
ほんの少しの「正しい情報」と出会うだけで、未来は変えられます。
あなたの体は、まだ変われる可能性を持っています。

父72歳最後のライド
TASHIRO CLUB 田代
2026.01.12
今回は少し、昔話をさせてください。
私には、忘れられない記憶があります。 それは、祖父や祖母と一緒に過ごした時間です。
地域の高齢者の方と接していると、意識していたわけではないのですが、
いつの間にか自分の祖父母を重ねて見ていたんだな、とふと気づくことがあります。
だからこそ、「もっと元気になってほしい」「何か伝えられることがあるはずだ」と、
どうしても熱が入ってしまうのです。
私の祖母は、ものすごく元気な人でした。
片道1時間近くかけて遠くのスーパーまで歩いて買い物に行ったり、
ふくらはぎの筋肉もしっかりついていて、とにかく活発でした。
口も達者で、今の流行りのテレビ番組やタレントの話もよく知っていて、
いつも楽しくおしゃべりをしていました。
しかし、ある日突然。 祖母は大腿骨を骨折し、入院することになりました。
正直、トレーナーとしての知識、卓上の理論では知っていました。
「高齢者が足を骨折すると、そのまま寝たきりになりやすい」
そういう症例は山ほど聞いていましたし、頭では理解していたつもりでした。
でも、「まさか、あの元気な祖母の身にそれが現実に起こるとは」思ってもいませんでした。
入院生活を送って、たった2、3ヶ月。 久しぶりにお見舞いに行くと、
祖母は完全に「別人」のようになっていました。
筋肉は落ち、覇気はなくなり……あの活発だった祖母の姿はそこにはありませんでした。
私はその時、理論ではなく「痛み」として痛感しました。
「歩いているだけでは、ダメなんだ」と。
どれだけ歩いていても、いざという時に体を支える筋肉、
転倒を防ぐためのとっさの反応ができなければ、一度の怪我で老いは一気に加速してしまう。
身体の使い方と筋肉の本当の大切さ、そしてそれを失うことの恐ろしさを、
私は教科書からではなく、祖母の姿から学びました。
以前、勤めていたジムがコロナ禍で閉鎖することになった時のことです。
多くの高齢者の会員様が、行き場を失い、不安で夜も眠れなくなってしまいました。
そんな時、ジムに通っていたある地域の方から、強い口調でこう言われました。
「田代さん、あんたがジムを作らなきゃダメだ。あんたの仕事は、『人の命をつなぐ仕事』なんだから」
ハッとしました。 私はただ運動(トレーニング)を教えていたつもりでしたが、
彼らにとっては、ここは「命をつなぐ場所」だったのです。
その言葉に背中を押され、私は自分のジムを作る決意をしました。
しかし、ここで大きな壁にぶつかります。
私一人が手取り足取り教える「パーソナル指導」では、救える人数に限界があるのです。
地域の多くの高齢者の「命」をつなぐには、私の体がいくつあっても足りない。
そんな時、同僚のSNSであるマシンに出会いました。
「鍛錬」のコンディショニングラインです。
世の中にはたくさんのトレーニングジムがあります。
一般の方から見れば、
「ジムなんてどこも同じでしょ?」
「筋肉をムキムキにする場所でしょ?」
と思われるかもしれません。
「あそこにもマシンがあるから、そこでいいや」と一括りにされてしまうこともあります。
でも、はっきり言わせてください。 マシンなら何でもいいわけではありません。
世に出回っているマシンの中には、ただ形だけのものもあれば、
プロが心血を注いで作った「本物」もあります。
その差は、比べ物にならないほど大きいものです。
私が選んだこのマシンは、単に筋肉を大きくするものではありません。
高齢者の方が座って動かすだけで、驚くほど体が軽くなり、
機能が改善する。 まさに「魔法」のような、しかし確かな理論に基づいた「本物」でした。
「これなら、たくさんの人を救える!」
そう確信して導入を決めましたが、現実は甘くありませんでした。
「これをやれば絶対に変わる」と分かっていても、
中身も見ずに「高い」と一言で片付けられたり、チラシを配ってもあしらわれたり。
悔しい思いもたくさんしました。
そこで気づいたのです。 「全員を救うことはできない」と。
現状維持でいい、あるいは現状以下になってもいいと思っている人を、
無理に引っ張ってくることはできません。お互いに不幸になるだけです。
変われる人は、「今が悪くても、変わりたい」という意思(素材)を持っている人だけです。
だから私は、覚悟を決めました。 全員に好かれなくていい。
でも、
「本気で健康になりたい」「変わりたい」と願っている人だけは、絶対に救わなければならない。
そのために、このマシンは絶対に必要なものでした。
正直に言えば、もしこのマシンが手に入らないなら、
私はジム経営なんてやるつもりはありませんでした。
それくらい、このマシンと、私の指導には確信があります。
導入費は予算を大幅にオーバーし、経営が苦しくなるのは目に見えていました。
安価なマシンを並べて、見た目だけ整えることもできました。
その方が経営的には楽だったでしょう。
それでも、私はこのマシンの導入を即決しました。
なぜか? 「効果が出ないものを置いても、意味がないから」です。
私は、ジムを「なんとなく運動する場所」にはしたくなかった。
来てくれた皆さんが
「体が軽くなった!」「痛みが消えた!」
と笑顔で帰ってくれる、結果の出る場所にしか興味がありませんでした。
TASHIRO CLUBgymにあるマシンは、私の経営者としての計算ではなく、
「命をつなぐ」という覚悟と、
もし自分の祖父母が生きていたらこれを使わせてあげたかったという、私の偽らざる本音で選んだものです。
TASHIRO CLUBgym代表 田代 義人
2026.01.01
正直なところ、私にとって元旦は特別な日ではありません。
こういうことを言うと批判されるかもしれませんが、 私にとっては大晦日の次の日、
ただの「昨日からの続き」という認識です。
年が明けたからといって、急に何かが魔法のように変わるわけではありません。
棚からぼたもちが落ちてくる日でもなければ、一発逆転が起きる日でもない。
本当に大切なのは、今日という1日ではなく、「それ以外の364日」をどう過ごしてきたかです。
日々の地味な鍛錬。 誰にも見られない積み重ね。
それをしてこなかった人にとって、
お正月はただカレンダーが変わるだけの「祭りごと」で終わってしまいます。 盛り上がって終わり。
中身は何も変わっていない。
けれど、364日を積み重ねてきた人にとっては、 今日も変わらない「大切な一日」です。
魔法なんて起きない。あるのは、昨日までの確かな続きだけ。
だから私は、今日も淡々と体を動かします。
これは「自分の体型維持」や「自分が楽しむため」ではありません。
「この動きは、あの選手に必要なのか?」
「このトレーニングは、動作に繋がるのか?」
「それが誰かのために必要な動きなのか?」
私の行動基準はシンプルです。
自分がやりたいかどうかではなく、
「これは誰かの役に立つのか」 「今、求められていることは何か」。
ただそれだけを考えて動いています。
ただ、この使命を全うするのは、たまに孤独な作業な時もあります。
「これで本当に正しいのか?」 常に自問自答し、
答えの分からない問題を永遠に解き続けているような感覚です。
私は選手に感情移入し、その選手に必要な動きを自分の体に移して、
必死にメニューを考えます。 そこに対する「見返り」は、金銭ではありません。
「その選手の体が変化したこと」 「試合で結果が出たこと」
それだけです。
だからこそ、コミュニケーションが取れないと辛い。
私は魔法使いではないので、心の中までは読めません。
「調子が悪い」「ここが痛い」 「この動きを改善したい」
そういった連絡をくれる選手には、全力で応えられます。
逆に、何も言ってこない選手には、どうしても力の注ぎ方が難しくなってしまう。
そこで私が、手取り足取りご機嫌をとって、モチベーションを上げるようなことはしません。
厳しいことを言いますが、
「やる気を出させること」は私の仕事ではありません。
それは選手自身が持ってくるべきものです。
私が本来注力したいのは、モチベーション管理ではなく、純粋な「技術」の提供だからです。
それでも、私は関わった選手やクライアント、
そしてジムに来てくれるすべての人の人生が、少しでも良い方向に変わってほしいと願っています。
そのためには、嫌われても言わなきゃいけないことがあるし、元旦だろうと休まず動き続けなきゃいけない。
華やかな新年の挨拶は苦手ですが、今年も私は変わらず、地味で泥臭い「やるべきこと」を淡々と続けていきます。
本年も、TASHIRO CLUBgymをよろしくお願いいたします。
2025.12.26
今日、秀岳館女子高校サッカー部が、全国大会へ向けて出発しました。
この1年間、私はこの日に向けて、綿密なスケジュールを組んできました。
そのスタートは、前回の選手権(1月6日vs神村学園)が終わった瞬間―― チームがベスト8になった、あの瞬間からです。
あの時から、私の頭の中には、鮮明な「映像」がありました。 それは、今年の試合終了の笛が鳴った瞬間、
フィールドの中央で歓喜の輪ができている姿です。 私には、優勝する姿が見えていました。
だからこそ、矢野監督との会話の中で、 「どこにチームの照準(ピーク)を合わせるか」。
その答えは明確でした。
まずは、最初の山である「熊本県大会」。
私の中では通過点に過ぎない場所でしたが、
同時に 「絶対に勝たないといけない、勝たないと何も始まらない」 場所でもありました。
具体的には、11月8日(土)の決勝戦。
ここにチームのコンディションが一度ピークに達するように合わせました。
結果は、見事に優勝。 選手たちが喜びを爆発させる姿を見て、私も誇らしく思いました。
しかし、同時に私の頭の中は非常に冷静でした。 「ここは、あくまで通過点だ」
この決勝戦を一つのピークとしましたが、次の全国大会までのプランは、既に全て計画済みでした。
私たちの目指す場所は、県大会の優勝ではありません。
その先にある最終目標、 「全日本高等学校女子サッカー選手権大会(全国大会)」での優勝です。
県大会が終わった翌日から、私の頭はすぐにその計画に沿って、
全国大会へ向けての「再調整」へと切り替わっていました。 この1年間の全てのトレーニングは、
そこからの「逆算」でした。
正直に吐露すると、トレーナーとして指導をしていて、一番「虚しさ」を感じる瞬間があります。
それは、「自分は必要とされていないのではないか」と感じる時です。
こちらがどんなに熱い思いで提供しても、軽くあしらわれたり、思いが伝わらなかったり。
あるいは、私を指導者としてではなく、ただの「コンテンツ」として扱われたり。
もちろん、そうやって適当にあしらわれるのは、私自身の「実力不足」ゆえであることも理解しています。
それでも、長年この仕事をしていると、そんな一方通行な反応に慣れてしまっている自分もいました。
しかし、このチームは違いました。
秀岳館女子サッカー部、指導陣、そして選手たち。 彼らは、私の持っている力を100%どころか、
「120%以上」引き出してくれました。
その熱量は、指導に向かう車での移動中でも変わりませんでした。
行きは、これから行う指導のイメージをシミュレーションしました。
そして帰りは、現場で目に焼き付けた選手の動きを脳内で再生し、自分の体に「写し込み」ました。
指導をしていて、これほど充実した時間はありませんでした。
選手自身の動きが、私の想像を超えてどんどん進化していく。
その変化を目の当たりにするたび、彼女たちの底知れない「ポテンシャル」を感じずにはいられませんでした。
思った以上に動きが変わっていく過程を見るのは、
私にとっても感動的であり、 純粋に「楽しい」と思える時間でした。
また、私が話している時の彼女たちの眼差し。
一言も聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾けてくれる。
その姿に、トレーナーとしてこれ以上ない「やりがい」を感じさせてもらいました。
今の時代、SNSを見れば、華やかでかっこいいトレーニング動画が溢れています。
人間ですから、ついそういった目新しいものや、自分にとって都合の良い情報に目を奪われがちです。
しかし、本当に体に効くトレーニングとは、実は驚くほど「地味」なものです。
決して派手ではないメニューを、2、3回やって終わりにするのではなく、
何百回、何千回とコツコツ積み重ねる。それができるかどうかが、勝負の分かれ目です。
そして、ただ回数をこなすだけではありません。
私が大切にしているのは、種目に入る前の「取り組み方」です。
いきなり動くのではなく、その前の「立ち方」、「構え」、わずかな「重心の乗せ方」。
そして何より大切なのが、「脳内のイメージ」です。
「この動きは何のためにやっているのか?」
「これをやることで、未来の自分がどう変わるのか?」
「試合のあの局面で、どういうプレーに繋がるのか?」
ただ言われたからやるのではなく、自分の未来の姿を明確にイメージできているか。
この「準備(セットアップ)」と「イメージ」が完璧に揃って初めて、
トレーニングの効果は天と地ほど変わります。
このチームの指導陣は、そういった「地味で細かくて面倒なこと」の重要性を深く理解し、
選手たちに徹底して継続させてくれました。
また、矢野監督だけでなく、コーチの方々とも密に連携を取ってきました。
私が一方的にメニューを押し付けたわけではありません。
「今のチームにはここが足りない」 「この動きをもっと強化してほしい」
監督やコーチからの具体的な提案や要望を聞き、
それをどうトレーニングに落とし込むか、現場と二人三脚で作り上げてきたものです。
何より心を動かされたのは、チームとしての「覚悟」です。
勝つために、「これまでのやり方を一気に変える強さ」を持っていました。 今まで積み上げてきたものを変えるというのは、とてつもない勇気が必要です。
その覚悟を目の当たりにしたからこそ、私の心にも火がついたのです。
「このチームのためなら、私の持てる全てを注ぎ込みたい」 そう思わせてくれました。
気の利いた言葉で鼓舞するのは、正直なところ、あまり得意ではありません。
言葉で飾るよりも、行動で示すことしか私にはできないと思いました。
だから私は、あえて言葉にはしませんでした。
そしてもう一つ。 今回に関しては、あえて私個人の感情は、
できるだけ一切表に出さないようにしていました。
渡したトレーニングメニュー。
あれは、毎朝5時30分から、私自身が選手になったつもりで、何度も何度も自分で試して考え抜いたものです。
試合中の動画を食い入るように見つめ、トレーニング中の動きを観察し、
そして監督やコーチとの対話の中から重要な「ワード」を拾い集める。
それら全ての要素を繋ぎ合わせ、一切の妥協をせずに作っていました。
でも、それを押し付けたくはなかった。 指導者の熱量にただ引っ張られるのではなく、
選手自身がその意味を理解し、淡々と、しかし主体的にメニューと向き合ってほしかったからです。
もちろん、
私がそうやって密かに込めた思いが、本当に届いているのか、どう思われているのか、私には分かりません。
でも、それでもいい。
昨日の最後のトレーニングを見て、私はそう思いました。
あの動き、力強さ、キレ……。 私の想像を遥かに超えていました。
隠していた私の思いが伝わったかどうかは関係ない。
その素晴らしい「動き」こそが、全ての答えだったからです。
今の仕上がった体は、
私がイメージしていた「優勝するチーム」のフィジカルそのもの、いや、それ以上です。
もう、私から言うことはありません。 私の「行動(メニュー)」への答えを、ピッチの上で見せてください。
誰よりも強い。
行ってこい。
そして、必ず勝ってこい!
TASHIRO CLUB 田代
第34回全日本高等学校女子サッカー選手権大会 https://www.jfa.jp/match/highschool_womens_2025/match_page/m32.html
2025.12.08
事の発端は2日前。 いつもお世話になっている水俣の有村さんご家族から 「田代さん、秀岳館
の指導のあとにこっちに来てよ」 と連絡をいただいたことでした。
詳細は一切ナシ(笑)。 ただ「来てほしい」という熱意だけを受け取り、 昨日の夕方、秀岳館女子サッカー部の指導を終えてから、 真っ暗な夜道を走り、県境を越えて鹿児島の山奥へ向かいました。
到着したのは20:30頃。 扉を開けると、そこには衝撃の光景が待っていました。
■ 役者が揃いすぎていた夜
宴会はすでに終盤。 到着するなり聴こえてきたのは、歌う龍使い・サカシタサトミさんの魂を揺さぶる歌声。 最高のクライマックスで迎え入れられました。
そして、そこにいらっしゃったのは、 369(ミロク)さん。
さらに、ホストであるカイケンコーポレーションの浦上会長。 会長は「木を我が子のように愛する」とおっしゃる通り、 まさに愛の塊のような方でした。
実はこの会、369さんが「どうしても浦上会長を取材したい!」と YouTube撮影のために水俣へ来られ、その流れで実現した集まりだったのです。
■ 震えるほどのシンクロニシティ
ここからが、私が「導かれた」と感じた理由です。 示し合わせたわけではないのに、強烈な「共通点」が2つも見つかりました。
① 空間の答え合わせ 会場となった会長のゲストハウスは、 **「幻の漆喰」と「バッハの音響熟成木材」**で作られた、呼吸する空間。
実は……私の自宅も、全くの偶然で **内装は「幻の漆喰」、テラスは「モーツァルトの木」**を使って建てていたんです。 (もちろん、行き先がそんな場所だとは知らずに呼ばれました)
現地に着いて「えっ、うちの本家(生みの親)の場所じゃないか!」と気づいた瞬間、 鳥肌が立ちました。
② 理論の答え合わせ 夜が更けて、369さんから**「ソマチッド(超微小生命体)」**について 深くお話を聞く機会がありました。
実は、私がタシロクラブで指導しているトレーニングや食事法は、 まさにこの「ソマチッド」を活性化させることを意識して組み立てているんです。
■ 全ては繋がっていた
「衣食住」という空間。 「健康」という理論。
何も知らずに飛び込んだ場所で、 自分が大切にしているもの全ての「答え合わせ」ができました。
有村さんご家族が繋いでくれたご縁。 369さんの行動力、会長の愛。 すべてに感謝しかありません。
間違いなく、エネルギーのステージが一段上がった感覚があります。 この熱量と最新の本質的な情報を、 タシロクラブの会員様にも全力で還元していきます!


Screenshot

2025.12.05
タシロクラブジム新聞が発行されることになりました🎉
※ジム内のみ掲載です
週に1回の発行で前の週に起きたことなどを1面の新聞にして
発行してますのでジムにお越しの際はぜひご覧ください😆

2025.11.18
📅 11月1日(土)〜11月29日(土)まで
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公式LINE
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URl:https://lin.ee/iBlbmyG
