前回、祖母の骨折と、そこから学んだ「筋肉の大切さ」についてお話ししました。
今日は、それとは対照的な結果になった「私の父」の話をします。

私の父は、1947年生まれ79歳。 根っからのスポーツマンでした。

テニス、バドミントン、野球、卓球……あらゆるスポーツをこなし、

バレーボールやテニスの指導者も務めていました。

しかし、40代の頃、ある出来事がきっかけで膝を痛めてしまいます。

当時、小学生だった私が所属していたチームは、全国大会に出るほどの強豪でした。

その冬場の体力強化のための過酷なマラソン練習に、父も付き合って一緒に走ってくれたのです。

息子のために良かれと思っての行動でしたが、皮肉にもその時の無理が祟り、

父の膝は悲鳴を上げました。

それ以来、父は長年膝の痛みに苦しむことになります。

そして父が65歳になった時、ついに医師からこう告げられました。

「もう膝が限界です。人工関節の手術をするしかありません」

手術の日程まで決まっていました。

しかし、その連絡を受けた時、私は猛反対しました。

当時、私はちょうど膝関節の治療や、人工関節のメリット・デメリットについて深く勉強していた時期でした。

もちろん、手術が必要なケースがあることも理解しています。

それでも、私が「待った」をかけたのには理由がありました。

医師から

「人工関節にしたら、大好きなバイクにはもう乗れない」

と言われていたからです。

「手術は待ってくれ。一度、私が知っている福岡のスポーツ整形に行ってくれ」

親子というのは難しいもので、身内の言うことほど素直に聞けないものです。

それでも、私は必死に説得しました。 父からバイクという趣味を奪いたくなかった。

人生の楽しみを諦めてほしくなかったのです。

結果、セカンドオピニオンを受けた父への診断は、意外なものでした。

「ただの筋力不足です」

軟骨がすり減っていることよりも、関節を支える筋肉が落ちていることが痛みの主原因でした。

医師から渡されたのは、手書きのメモに書かれた、ごく簡単な2種類のトレーニングメニュー。

「これをしっかりやってください」

父はそれを信じて、地道に続けました。

その結果、どうなったか?

手術はキャンセル。

父は膝の痛みから解放され、

なんと71歳まで大好きなバイクに乗り続けることができました。

現在も人工関節を入れることなく、自分の足で歩き、週に2、3回はジムで汗を流しています。

「あの時、手術をしていたら、バイクも降りて一気に老け込んでいたかもしれないな」 父は今でもそう言います。

皆さんは、自転車に乗りますか?

普段は何気なく乗っていますが、いざパンクした時に初めて、そのありがたみや便利さを痛感するものです。

「乗れて当たり前」だと思っていたことが、実は当たり前ではなかったと気づく瞬間です。

人間の体も同じです。 自分の足で歩けること、趣味を楽しめること。

健康なうちはそれが「当たり前」だと思ってしまいますが、

怪我をしたり痛めたりして初めて、そのありがたみを感じ、後悔してしまいます。

でも、本当にいきなり壊れたのでしょうか?

自転車の空気が少しずつ抜けていくように、

実は日常の中で、少しずつ「空気(筋力)」が抜けていたのかもしれません。

それに気づかず、そのまま走り続けてしまっただけかもしれません。

だとしたら、やるべきことはシンプルです。

「空気が抜けていないか」に気づき、入れてあげること。

完全に走れなくなってから「もう古いから(歳だから)ダメだ」と諦める前に、

少し空気を足してあげるだけで、また以前と同じように風を切って走れるかもしれません。

私がなぜ、こうしてブログを書いたり、しつこいくらいに「予防」や「トレーニング」の大切さを伝えるのか。

それは、

他の方にも、私の祖母のような辛い思いをしてほしくないからです。

そして、

父のように「諦めなくてよかった」と笑ってほしいからです。

指導の現場に立っていると、目の前の会員様と、私の家族の背景が重なる瞬間が多々あります。

「あと少し情報があれば」「誰かに相談できていれば」

たったそれだけのことで、人生が大きく変わってしまうことがある。

その怖さと希望を、私は身をもって知っています。

父のように、諦めなければ守れる趣味や生活があります。

「当たり前」が失われる前に、気づいてケアをする。

それができる体力があるうちにやっておくことが、一番の近道です。

ほんの少しの「正しい情報」と出会うだけで、未来は変えられます。

あなたの体は、まだ変われる可能性を持っています。

父72歳最後のライド

 

 

 

 

TASHIRO CLUB 田代