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スタッフブログ

田代代表の活動報告

93歳の師匠とアスリートが教えてくれること。~ここは過去・現在・未来が交差する場所~

最近、指導をしていてふと思うことがあります。

「私は今、アスリートに教えているのか?

それとも、高齢者の方に教えているのか?」

時々、その境界線がなくなる瞬間があるのです。

私がアスリートに提供しているトレーニング。

実はこれ、そのまま高齢者の方にも提供しています。

逆に、高齢者の方の「コンディショニング(機能改善)」で気づいたことが、

トップアスリートのヒントになることもあります。

なぜなら、人間の体の仕組みは一つだからです。

例えば、こんな場面を想像してください。

・エレベーターの扉が閉まりそうな瞬間に、サッと体が反応して駆け込めるか。

・横断歩道の信号が点滅した時、パッと歩行スピードを上げて渡りきれるか。

・何もないところでつまずきそうになった時、とっさに足が一歩出るか。

これらは全て、スポーツ選手が試合の土壇場で求められる

「瞬発力(キレ)」や「危機回避能力」と、

全く同じメカニズムです。

必要なのは、重いものを持ち上げる筋力ではありません。
とっさに反応する「反射」であり、それを支えるブレない「軸」です。

ここ、TASHIRO CLUBには、

そんな人間の体の真理を体現している「師匠」がいます。

御年93歳になる方です。

今は会員ではありませんが、

月に一度、元気な顔を見せに遊びに来てくれます。

この方の生き様は、壮絶です。

93歳にして自ら免許を返納し、自分の意志で施設に入居されました。

誰かに頼るのではなく、最後まで自分の足で立つという覚悟です。

そして、そのトレーニング内容が凄まじい。

5kgのダンベルを入れたリュックを背負い、

毎日ジムの前の急な坂道を歩き、階段を1日100歩以上も上り下りして

、足腰を鍛え抜いているのです。

私は、この93歳の師匠とお話しするのが大好きです。

単なる世間話ではありません。徹底的に「取材」をします。

「若い頃、どんな生活をしていたんですか?」

「どんな仕事をされ、どんな運動をしてきたんですか?」

93年間、この強靭な体を維持してこられたのには、

必ず理由(歴史)があります。 その方が積み重ねてきた努力や習慣は、

教科書には載っていない「健康の正解」そのものです。

そして、私はそこで得た貴重な情報を、

ジムに通う75歳や78歳の会員様にお伝えしています。

「あそこの93歳の方、若い頃はこういうことをされていたそうですよ」

「今でも、ダンベル背負って坂道を歩かれているみたいですよ」

すると、70代の皆さんの目の色が変わります。

世間では「高齢者」と呼ばれる70代の方々も、

93歳の大先輩から見れば、まだまだ「若手」です。

実際、その93歳の方は、70代の女性会員さんのことを「女の子」と呼んでいます(笑)。

70代で「女の子」扱いされるなんて、ここ以外ではなかなかないでしょう。

でも、5kgの重りを背負って坂道を歩くその方が言うと、妙な説得力があるのです。

「あと15年、20年、あんな風に元気に過ごすためのモデル」が目の前にいるわけですから、

これほど勇気が出ることはありません。

私のジムには、トップアスリートもいれば、93歳の師匠も、

生涯現役を目指す70代の若手もいます。

一見バラバラに見えますが、私の中では一本の線で繋がっています。

ここには、人間の体の「過去・現在・未来」の全てが詰まっているのです。

アスリートには「未来の故障を防ぐための予習」として。

高齢者の方には「あの頃の動きを取り戻す復習」として。

そして人生の先輩からは「生き抜くための知恵」を受け継ぐ場所として。

「軸を作り、反射で動く」

そして「健康のバトンを繋ぐ」

このシンプルな真理を、これからも世代を超えて伝えていきたいと思います。

TASHIRO CLUB 田代

 

 

篠栗チューブ【町民ガチ対談企画】 〜シニア世代にも大人気なトレーニングジム〜編①

健康づくりの事、体力維持の事、地域の事、理想の大人像…などなど。篠栗町尾仲にある『タシロクラブジム』に元・県議の冨永芳行が潜入し、オーナーの田代義人さんと同世代ガチ対談をしました。熱く語った全3話のうちの第1弾をお届けします。

 

 

 

篠栗チューブ【町民ガチ対談企画】 〜クラウドファンディングで送迎車を購入〜編②
健康づくりの事、体力維持の事、地域の事、理想の大人像…などなど。篠栗町尾仲にある『タシロクラブジム』に元・県議の冨永芳行が潜入し、オーナーの田代義人さんと同世代ガチ対談をしました。熱く語った全3話のうちの第2弾をお届けします。今回は、免許返納された利用者さんのためにクラウドファンディングで送迎車を購入された話です。

 

 

 

田代代表の活動報告

【ご報告】「どっちの足から乗れば…」と迷っていた方が、今では自分から回数を増やすまでに!

クラウドファンディングでご支援いただいた「送迎車」について、皆様にどうしてもお伝えしたい嬉しいご報告があります。

車両(日産セレナ)の購入から準備期間を経て…… 今年の1月から、ついに「送迎活動」を本格スタートさせることができました!!

(準備に時間がかかってしまい、ご報告が遅くなってすみません!)

実は、活動開始直後に、皆様のご支援が形になったと実感する出来事がありました。


【クラファンのページを見て連絡しました】

お隣の町にお住まいの、ある娘さんから一本の電話がありました。

高齢のお母様の体力が低下し、弱ってきているのを心配されていましたが、娘さんご自身も仕事などで送迎ができず、困り果てていたそうです。

そんな時、私たちのクラウドファンディングの活動ページを見て、 「ここなら、母を迎えに来て運動させてくれるかもしれない!」 と、藁をもすがる思いで連絡をくださったんです。

皆様がこのプロジェクトを支援してくださったおかげで、本当に必要としている方にこの「送迎」の存在を見つけていただくことができました。


【「車に乗るのも怖い」状態からのスタート】

しかし、当のお母様は、最初は「私にジムなんて…」とすごく渋っていらっしゃいました(笑)

実際、最初の1回目、2回目の朝のお迎えの時は、 手すりを持って、「右足から出すの?左足から?」と、車に乗る最初の一歩すら分からず、立ち止まってしまうほどでした。

それくらい、身体も動かず、気持ちも不安でいっぱいだったんです。


【正直、僕らも不安でした。でも…】

正直なところ、最初は僕自身も、 「週1回のトレーニングだけで、どこまで効果が出るだろうか…?」 と、少し不安な気持ちがありました。

ですが、セレナでお迎えに行き、うちの「鍛錬(たんれん)マシン」でトレーニングを始めてみると… 実質まだ「たった3回」ほどですが、まさかここまで効果があるとは思わなかった! というレベルで激変したんです。

あんなに不安そうだった方が、今ではトレーニング中、 決められた回数よりも「あと4、5回やる!」と、自分から回数を増やして頑張るようになったんです✨

「やらされている」のではなく「やりたい」に変わっていく。 人がどんどん元気になっていく変化を見るのは、指導している僕らにとっても、すごく楽しい! 本当にワクワクさせてもらっています。


【訪問介護の現場を知るプロたちも驚愕】

この劇的な変化を、訪問介護の現場をよく知る同僚や、後輩の理学療法士・柔道整復師たちに見てもらったり、話したりしたんです。

すると、現場の厳しさを知っている彼らだからこそ、 「鍛錬マシンって、こんなに即効性があるんですか!?」 「週1回でここまで変わるなんて、正直信じられない…」 と、本気で驚いていました。

送迎でジムに来ていただき、本物のマシンに触れてもらうことで、これだけの結果が出せる。 改めて、「足を運んでもらうこと(送迎)」の大切さを痛感しました。


【机上の空論ではなく、行動で示す】

ただ、正直な話をすると、僕らの財源や資源、そして人手には「限界」があります。 全ての人を救えるわけではありません。

ご本人やご家族に「変わりたい」という強い『意欲』がある方でないと、救うことはできないのが現実です。

僕らは、「机上の空論」を語るつもりはありません。

こうして実際に足を運び、結果を出す「行動」で示していきます。

この小さな活動が、いろんな人に伝わってほしい。

そして、もっと大きな資源や財源を持っている人たちと繋がり、この活動を大きくしていければと願っています。

行動だけが、町を変え、明るくする。

それがやがて日本を変え、世界が変わると信じています。

僕の好きな言葉
『ペイフォワード』

まずはこの1台から。

ご支援いただいた皆様、本当にありがとうございました!!

TASHIRO CLUBgym 田代 義人

田代代表の活動報告

私が「トヨタの車」から学んだ、20年壊れない体づくり。

私は車が好きで、よく車屋さんと話をします。

そこで以前、とても面白い話を聞きました。

「トヨタの車が本当に『良い車』だと分かるのは、新車の時じゃないんです。

20年、30年経ってからなんです」

新車の時は、どのメーカーもピカピカで性能が良い。

ショールームで見れば、どれも同じように輝いて見えます。

でも、数十年経った時に

「全然壊れないね」 「やっぱり価値があるね」

と評価されるのが、

本物の「質」だというのです。

これは、人間の体も全く同じだと私は思いました。

トレーナーとして、一瞬だけ筋肉を太くしたり、一

時的にパフォーマンスを上げることは、実はそれほど難しいことではありません

。 無理な負荷をかけたり、極端なことをすれば、短期的には変わったように見せることができます。

でも、その代償として2、3年後に故障したり、

筋肉はついたけど体が重くなって足が遅くなったり、

引退した後に体がボロボロになってしまっては意味がないのです。

私は、誰も予測できない20年後、30年後の未来に賭けています。

「70歳になっても壊れない体」 「引退した後も、健康で動き続けられる体」

私が提供したいのは、派手なスポーツカーのような一瞬の速さではなく、

何十年経っても走り続けられる、トヨタ車のような「本物の耐久性」「質」です。

TASHIRO CLUBにある鍛錬マシンやトレーニングは、決して派手ではありません。

でも、10年後、20年後に 「あそこで体を作っておいてよかった」 と必ず思っていただける自信があります。

一時の流行りではなく、一生モノの体を。

 

TASHIRO CLUB 田代

田代代表の活動報告

知識やメソッドよりも大切なこと。私が考える「本当の健康」と「幸せ」の話。

健康や美容への意識が高いのは、とても素晴らしいことです。

かつての私もそうでしたが、

腸内細菌、酵素、無添加、無農薬野菜……

そういった知識にのめり込みすぎてしまう時期があります。

しかし、一歩引いて見てみると、少しおかしなことに気づくことがあります。

最近、SNSやネットの情報だけで「うんちく」を語る人が増えました。

知識はものすごく豊富です。最新の理論も知っています。

でも、「自分自身は全然実践していない」のです。

頭でっかちになって、理屈は完璧。

だけど、自分の体を使って汗をかき、痛みや変化を感じた「体感」が全くない。

その結果どうなるか? 口では「健康」を語りながら、実際には体が動かないし、覇気がない。

「知識は誰よりも多いのに、自分自身が一番病気がちで不健康」 という、

笑えない矛盾が起きているのです。

はっきり言います。 私は「ハリボテ」が嫌いです。

表面だけ綺麗に取り繕って、中身がスカスカなもの。

見た目の美しさや、知識の量だけで自分を大きく見せようとするもの。

結局、中身が伴っていなければ、メッキはすぐに剥がれます。

平穏な時はそれで誤魔化せても、

いざという時(病気、怪我、人生の危機)には、何の役にも立ちません。

私が目指しているのは、「中身が詰まった体」です。

泥臭くてもいい。見た目は地味でもいい。

しっかりと中身(機能・内臓・精神)が伴っていること。

どんなに高価なサプリメントを摂っていても、

その後のランチや会食で、高糖質のケーキや炭水化物を平気で食べていたりする。

トレーニングだけは徹底的にやるけれど、食事はおろそかでジャンクなものばかり食べている。

そして何より、 「健康法」にはうるさいけれど、家庭環境がギスギスしてストレスまみれの人。

これは、いわば「一点豪華主義」です。

どれか一つだけ高級品を取り入れても、他がボロボロでは、

人は本当の意味で健康にはなれません。

本来、食事とは、若々しく、強く生きるためのエネルギー源であるはずです。

しかし、気づけば「健康法をやること」自体に比重が置かれすぎてしまっていることがあります。

これはスポーツで言えば、

「試合のための練習」ではなく、「練習のための練習」になってしまっている状態です。

健康になって人生を楽しむという「試合(目的)」を見失い、メソッドを守るという「練習(手段)」に縛られてしまっては本末転倒です。

そもそも、健康の正体とは非常にシンプルです。

「運動」「食事」「睡眠」「ストレス管理」。 この4つのバランスが整っているかどうか。

ただそれだけです。

「これさえ飲めば帳消しになる」なんて魔法はありません。

どれか一つだけ必死に頑張っても、土台となる生活習慣がグラグラでは、

積み上げた努力も一瞬で崩れてしまいます。

弱い地盤の上に、立派な家が建たないのと同じです。

特に「家庭環境」は重要です。

ただ、誤解してほしくないのは、「家族とずっと一緒にいればいい」というわけではないということです。

もちろん、家族や子供のために時間を作ることは大切です。

しかし、私のような仕事をしていると、どうしても仕事に没頭する時間が必要になる時があります。

そんな時、私は言葉足らずに「仕事だから」と突き放すようなことはしません。

その代わり、「今日あったこと」を徹底的に話します。

「今日、こんな人に会ったんだよ」 「こんな良いことがあったんだ」 「こういうチャンスがあったんだ」

その日に出会った人のことや、その人の経緯、背景にある物語など。

私が今、外で誰と関わり、どんなワクワクする世界を見ているのか。

それを妻や子供たちに伝え、共有すること。

私が外で戦う時間を確保できるのは、そうやって家族に「参画」してもらい、理解と応援を得ているからです。

一点だけを磨くのではなく、

食事、運動、睡眠、そして家族との信頼関係。

すべてをトータルで整えること。

表面だけのハリボテではなく、中身の詰まった「本物の健康」と「幸福度」を、TASHIRO CLUBは追求します。

 

 

 

 

TASHIRO CLUB 田代

TASHIRO CLUBのこと

タシロクラブ新聞 vol.7~vol10

タシロクラブ新聞 vol.7

 

タシロクラブ新聞 vol.8

 

タシロクラブ新聞 vol.9

 

 

タシロクラブ新聞 vol.10

 

次回はvol.11~vol15

 

TASHIRO CLUBのこと

タシロクラブ新聞 vol.1~vol.5

タシロクラブ新聞 vol.1

 

タシロクラブ新聞 vol.2

 

タシロクラブ新聞 vol.3

 

 

タシロクラブ新聞 vol.4

 

 

タシロクラブ新聞 vol.5

 

次回はvol.6~vol.10まで!

 

田代代表の活動報告

「予防」という名前の新しいスポーツを始めませんか?~元気なうちに始める本当の意味~

前回、私の父がトレーニングによって手術を回避した話をしました。

「悪くなってからでも、諦めなければ間に合う」 それは真実です。

でも、もっと言いたいことがあります。

それは、「悪くなるのを待つ必要はない」ということです。

多くの人は、体に痛みが出たり、動けなくなったりして初めて「仕方なく」ジムに来ます。

それはマイナスをゼロに戻す作業であり、

どうしても「辛いリハビリ」という感覚になりがちです。

しかし、まだ元気なうちに、動けるうちに始めたらどうでしょうか?

それは「リハビリ」ではありません。 「予防」という名前の、新しい「スポーツ(趣味)」になります。

「予防」という言葉は、少し真面目で退屈に聞こえるかもしれません。

でも、私達のジムでやっていることは、単なる病気回避ではありません。

「先週より足が軽く上がるようになった」

「階段を駆け上がっても息が切れなくなった」

「ゴルフの飛距離が伸びた」

自分の体の機能が上がり、昨日より動けるようになる。

その変化を楽しむこと。それはもう、立派な「スポーツ」です。

元気なうちに始めれば、トレーニングは苦行ではなく、自分の可能性を広げる「楽しみ」に変わります。

パンクしてから修理するのではなく、最高の状態で走り続けるためにメンテナンスを楽しむ。

そう捉えると、人生の楽しみが一つ増えると思いませんか?

TASHIRO CLUBgymにあるマシンは、高齢者の方でも無理なく、

この「予防というスポーツ」を楽しめるように作られています。

痛くなってから慌てて来る場所ではなく、 「今の元気を、もっと楽しむ場所」として、ジムを使ってみてください。

あなたの体は、もっともっと自由になれるはずです。

動く身体を楽しんでください!

TASHIRO CLUB 田代

田代代表の活動報告

【初戦突破】元五輪セッター・ピット監督の「計算」と「予見」。~飯塚高校女子バレー部、自信を持って戦え!~

嬉しい報告があります。

私がトレーニング指導に入らせてもらっている飯塚高校女子バレー部が、

県大会の初戦を見事に突破しました!

次は、今度の土曜日に行われる2回戦です。

この一勝の背景には、語り尽くせないドラマがあります。

私が指導に入ってからの約3年間、

悔しい思いをしながらも地道に努力を積み重ねてきたOG(卒業生)たちの「タスキ」が、

ようやく今の選手たちに繋がり、形となって現れました。

そして、このチームにとって「宝」とも言えるのが、

チームを率いる 濵田(旧姓 中西)千枝子監督(コートネーム:ピットさん)の存在です。

ピット監督は、かつて実業団のユニチカで活躍し、

高校時代(博多女子商)にはインターハイ優勝、

そして

オリンピック(バルセロナ・アトランタ)にも出場した伝説的なトップアスリートです。

ピットさんとお話しさせていただくと、

いつもその「思考の深さ」に圧倒されます。

それはやはり、司令塔である「セッター」出身ならではの視点です。

「常に先の状況を意識し、計算し、考えること」

「熱くなっているコートの中にいながら、常に『外からの目(客観的な視点)』を持ち続けること」

試合の流れだけでなく、選手の心の動きや、

チームの数ヶ月先の成長曲線までも「予見」し、「計算」して指導されているのが分かります。

だからこそ、バレーボールの技術だけでなく、

「道具の出し方」「靴の揃え方」「日常の些細な立ち振る舞い」 といった細部にも、

驚くほど敏感に反応されます。

「今のその行動が、試合の土壇場でどう出るか」

という先が見えているからこそ、妥協がないのです。

かつて「反骨心」を原動力に、

答えのない時代を自らの頭と体で切り拓いてきた名セッター。

その「自ら考え、答えを掴み取る」というDNAが、

今の選手たちに確実に浸透してきました。

以前選手たちは、なんとなくメニューをこなすだけだったかもしれません。

でも今は違います。 私が話をすると、彼女たちは本当に真剣な眼差しで聞いてくれます。

「ここはどうすればいいですか?」 「この動きであっていますか?」

疑問があればすぐに質問し、

私や監督と「対話」ができるようになりました。

ピットさんが求めてきた「主体性」が、選手たちの中に育っている証拠です。

新しい動きを知ると、納得するまで何度も何度も反復し、自分のものにしようと食らいついてくる。

「名将の計算」と「選手の努力」、そして「OGの想い」。 これらが完全に噛み合った今、

飯塚高校女子バレー部は間違いなく強くなります。

これだけやってきたんだ。 世界を知るセッターが描いた設計図の中で、これだけの準備をしてきたんだ。

だから、迷うことはありません。 自信を持って戦ってください。

今度の土曜日、君たちがその力を解放する瞬間を楽しみにしています。

頑張れ!心から応援しています。

TASHIRO CLUB 田代

 

田代代表の活動報告

父の手術を止めさせた日。~情報ひとつで、人生は変えられる~

前回、祖母の骨折と、そこから学んだ「筋肉の大切さ」についてお話ししました。
今日は、それとは対照的な結果になった「私の父」の話をします。

私の父は、1947年生まれ79歳。 根っからのスポーツマンでした。

テニス、バドミントン、野球、卓球……あらゆるスポーツをこなし、

バレーボールやテニスの指導者も務めていました。

しかし、40代の頃、ある出来事がきっかけで膝を痛めてしまいます。

当時、小学生だった私が所属していたチームは、全国大会に出るほどの強豪でした。

その冬場の体力強化のための過酷なマラソン練習に、父も付き合って一緒に走ってくれたのです。

息子のために良かれと思っての行動でしたが、皮肉にもその時の無理が祟り、

父の膝は悲鳴を上げました。

それ以来、父は長年膝の痛みに苦しむことになります。

そして父が65歳になった時、ついに医師からこう告げられました。

「もう膝が限界です。人工関節の手術をするしかありません」

手術の日程まで決まっていました。

しかし、その連絡を受けた時、私は猛反対しました。

当時、私はちょうど膝関節の治療や、人工関節のメリット・デメリットについて深く勉強していた時期でした。

もちろん、手術が必要なケースがあることも理解しています。

それでも、私が「待った」をかけたのには理由がありました。

医師から

「人工関節にしたら、大好きなバイクにはもう乗れない」

と言われていたからです。

「手術は待ってくれ。一度、私が知っている福岡のスポーツ整形に行ってくれ」

親子というのは難しいもので、身内の言うことほど素直に聞けないものです。

それでも、私は必死に説得しました。 父からバイクという趣味を奪いたくなかった。

人生の楽しみを諦めてほしくなかったのです。

結果、セカンドオピニオンを受けた父への診断は、意外なものでした。

「ただの筋力不足です」

軟骨がすり減っていることよりも、関節を支える筋肉が落ちていることが痛みの主原因でした。

医師から渡されたのは、手書きのメモに書かれた、ごく簡単な2種類のトレーニングメニュー。

「これをしっかりやってください」

父はそれを信じて、地道に続けました。

その結果、どうなったか?

手術はキャンセル。

父は膝の痛みから解放され、

なんと71歳まで大好きなバイクに乗り続けることができました。

現在も人工関節を入れることなく、自分の足で歩き、週に2、3回はジムで汗を流しています。

「あの時、手術をしていたら、バイクも降りて一気に老け込んでいたかもしれないな」 父は今でもそう言います。

皆さんは、自転車に乗りますか?

普段は何気なく乗っていますが、いざパンクした時に初めて、そのありがたみや便利さを痛感するものです。

「乗れて当たり前」だと思っていたことが、実は当たり前ではなかったと気づく瞬間です。

人間の体も同じです。 自分の足で歩けること、趣味を楽しめること。

健康なうちはそれが「当たり前」だと思ってしまいますが、

怪我をしたり痛めたりして初めて、そのありがたみを感じ、後悔してしまいます。

でも、本当にいきなり壊れたのでしょうか?

自転車の空気が少しずつ抜けていくように、

実は日常の中で、少しずつ「空気(筋力)」が抜けていたのかもしれません。

それに気づかず、そのまま走り続けてしまっただけかもしれません。

だとしたら、やるべきことはシンプルです。

「空気が抜けていないか」に気づき、入れてあげること。

完全に走れなくなってから「もう古いから(歳だから)ダメだ」と諦める前に、

少し空気を足してあげるだけで、また以前と同じように風を切って走れるかもしれません。

私がなぜ、こうしてブログを書いたり、しつこいくらいに「予防」や「トレーニング」の大切さを伝えるのか。

それは、

他の方にも、私の祖母のような辛い思いをしてほしくないからです。

そして、

父のように「諦めなくてよかった」と笑ってほしいからです。

指導の現場に立っていると、目の前の会員様と、私の家族の背景が重なる瞬間が多々あります。

「あと少し情報があれば」「誰かに相談できていれば」

たったそれだけのことで、人生が大きく変わってしまうことがある。

その怖さと希望を、私は身をもって知っています。

父のように、諦めなければ守れる趣味や生活があります。

「当たり前」が失われる前に、気づいてケアをする。

それができる体力があるうちにやっておくことが、一番の近道です。

ほんの少しの「正しい情報」と出会うだけで、未来は変えられます。

あなたの体は、まだ変われる可能性を持っています。

父72歳最後のライド

 

 

 

 

TASHIRO CLUB 田代

田代代表の活動報告

私が経営苦を覚悟してまで、「鍛錬マシン」を導入した理由。~命を繋ぐ仕事~

今回は少し、昔話をさせてください。

私には、忘れられない記憶があります。 それは、祖父や祖母と一緒に過ごした時間です。

地域の高齢者の方と接していると、意識していたわけではないのですが、

いつの間にか自分の祖父母を重ねて見ていたんだな、とふと気づくことがあります。

だからこそ、「もっと元気になってほしい」「何か伝えられることがあるはずだ」と、

どうしても熱が入ってしまうのです。

私の祖母は、ものすごく元気な人でした。

片道1時間近くかけて遠くのスーパーまで歩いて買い物に行ったり、

ふくらはぎの筋肉もしっかりついていて、とにかく活発でした。

口も達者で、今の流行りのテレビ番組やタレントの話もよく知っていて、

いつも楽しくおしゃべりをしていました。

しかし、ある日突然。 祖母は大腿骨を骨折し、入院することになりました。

正直、トレーナーとしての知識、卓上の理論では知っていました。

「高齢者が足を骨折すると、そのまま寝たきりになりやすい」

そういう症例は山ほど聞いていましたし、頭では理解していたつもりでした。

でも、「まさか、あの元気な祖母の身にそれが現実に起こるとは」思ってもいませんでした。

入院生活を送って、たった2、3ヶ月。 久しぶりにお見舞いに行くと、

祖母は完全に「別人」のようになっていました。

筋肉は落ち、覇気はなくなり……あの活発だった祖母の姿はそこにはありませんでした。

私はその時、理論ではなく「痛み」として痛感しました。

「歩いているだけでは、ダメなんだ」と。

どれだけ歩いていても、いざという時に体を支える筋肉、

転倒を防ぐためのとっさの反応ができなければ、一度の怪我で老いは一気に加速してしまう。

身体の使い方と筋肉の本当の大切さ、そしてそれを失うことの恐ろしさを、

私は教科書からではなく、祖母の姿から学びました。


以前、勤めていたジムがコロナ禍で閉鎖することになった時のことです。

多くの高齢者の会員様が、行き場を失い、不安で夜も眠れなくなってしまいました。

そんな時、ジムに通っていたある地域の方から、強い口調でこう言われました。

「田代さん、あんたがジムを作らなきゃダメだ。あんたの仕事は、『人の命をつなぐ仕事』なんだから」

ハッとしました。 私はただ運動(トレーニング)を教えていたつもりでしたが、

彼らにとっては、ここは「命をつなぐ場所」だったのです。

その言葉に背中を押され、私は自分のジムを作る決意をしました。

しかし、ここで大きな壁にぶつかります。

私一人が手取り足取り教える「パーソナル指導」では、救える人数に限界があるのです。

地域の多くの高齢者の「命」をつなぐには、私の体がいくつあっても足りない。

そんな時、同僚のSNSであるマシンに出会いました。

鍛錬」のコンディショニングラインです。

世の中にはたくさんのトレーニングジムがあります。

一般の方から見れば、

「ジムなんてどこも同じでしょ?」

「筋肉をムキムキにする場所でしょ?」

と思われるかもしれません。

「あそこにもマシンがあるから、そこでいいや」と一括りにされてしまうこともあります。

でも、はっきり言わせてください。 マシンなら何でもいいわけではありません。

世に出回っているマシンの中には、ただ形だけのものもあれば、

プロが心血を注いで作った「本物」もあります。

その差は、比べ物にならないほど大きいものです。

私が選んだこのマシンは、単に筋肉を大きくするものではありません。

高齢者の方が座って動かすだけで、驚くほど体が軽くなり、

機能が改善する。 まさに「魔法」のような、しかし確かな理論に基づいた「本物」でした。

「これなら、たくさんの人を救える!」

そう確信して導入を決めましたが、現実は甘くありませんでした。

「これをやれば絶対に変わる」と分かっていても、

中身も見ずに「高い」と一言で片付けられたり、チラシを配ってもあしらわれたり。

悔しい思いもたくさんしました。

そこで気づいたのです。 「全員を救うことはできない」と。

現状維持でいい、あるいは現状以下になってもいいと思っている人を、

無理に引っ張ってくることはできません。お互いに不幸になるだけです。

変われる人は、「今が悪くても、変わりたい」という意思(素材)を持っている人だけです。

だから私は、覚悟を決めました。 全員に好かれなくていい。

でも、

「本気で健康になりたい」「変わりたい」と願っている人だけは、絶対に救わなければならない。

そのために、このマシンは絶対に必要なものでした。

正直に言えば、もしこのマシンが手に入らないなら、

私はジム経営なんてやるつもりはありませんでした。

それくらい、このマシンと、私の指導には確信があります。

導入費は予算を大幅にオーバーし、経営が苦しくなるのは目に見えていました。

安価なマシンを並べて、見た目だけ整えることもできました。

その方が経営的には楽だったでしょう。

それでも、私はこのマシンの導入を即決しました。

なぜか? 「効果が出ないものを置いても、意味がないから」です。

私は、ジムを「なんとなく運動する場所」にはしたくなかった。

来てくれた皆さんが

「体が軽くなった!」「痛みが消えた!」

と笑顔で帰ってくれる、結果の出る場所にしか興味がありませんでした。

TASHIRO CLUBgymにあるマシンは、私の経営者としての計算ではなく、

「命をつなぐ」という覚悟と、

もし自分の祖父母が生きていたらこれを使わせてあげたかったという、私の偽らざる本音で選んだものです。

TASHIRO CLUBgym代表 田代 義人

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